意識高い系には中身がない

最近ネットで目立っている「意識高い系」が何故叩かれてしまうかといえば、彼らの事業の実態が見えないからだ。例えば、はあちゅうさんから童貞いじり炎上キャラを取ってしまったら、ブログでその日食べたものを上げているだけのスイーツ女子でしかない。イケダハヤトさんも、何か凄いことをやっているっぽいけど、その実態が何かは見えてこない。分かることといえば、どうやら仮想通貨の投資を生業にしているらしいことだけである。それでも、昔の山本一郎さんのように、大ぼらを吹かさないだけ良心的なのかもしれんが。


また最近話題の自称・天才編集者の箕輪厚介氏にせよ、彼が編集を担当している人物は、ホリエモン与沢翼だったりといずれも香ばしい人物ばかりである。他にも怪しいビジネス自己啓発本ばかりで、タイトルだけでも既にサンマーク出版並に暑苦しい。いずれにせよ、従来のスピリチュアル的なものを介さない「スピリチュアル」といった匂いがする。


しかし、スピリチュアル的なものを冷笑していたはずの宇野常寛さんが、彼らの胴元的な存在になりつつあるのは、どういう心境の変化なのだろうか。彼が最近推しまくっている落合陽一さんも、中国はヤバイからインドと手を組もうとか、真っ当なアカデミシャンだったら言わないような、軍事シミュレーションゲーム大戦略』レベルの知見しかない人物である。決め言葉の「シンギュラリティ」にしても、そこにはオカルト的な雰囲気が濃厚に漂っている。所詮AIも人間がプログラムした範囲でしか動けないのであって、ある日突然臨界点を超えて自律的に動き出すことは、普通に考えたらありえない話だろう。


だけど、今の評論界隈が「サリンを撒かないオウム(by宇野常寛)」の様相を呈しているのは、悲惨な光景である。まあ、イケダハヤトやはあちゅうを読んでいる層は、そこそこ収入があるのかもしれないけど文化の匂いがない。例えれば、埋立地に高級高層マンションがそびえ立ちながらも、周囲にはショッピングモールと既存のチェーン店しかない、豊洲駅周辺みたいなイメージである。しかしそれも宇野さんが、一時期、地方のジャスコと国道沿いのチェーン店群を推しまくっていたように、彼が望んでいた光景なのかもしれない。でもそれに一番近いイメージは、おそらく上九一色村サティアン群なのではないだろうか。


震災を経て、思想や批評が悪い意味でスピリチュアルとオウム真理教に回帰しているのは、残念な出来事である。宇野さんみたいに、自己啓発ビジネスを装って、信者のナルシシズムを薄く搾取しているだけならまだマシかもしれない。最近のネトウヨ周辺はガチでスピリチュアル化している感じだし、それ以外のアンダーグラウンドでもその動きが進行している可能性は否定できない。



※余談 どうやらイスラーム学者の中田考を通して、ISISにも通じるようなカルト的なイスラーム改修者が増えているらしい。日本人とスピリチュアリズムの親和性は、こうして外来の宗教や思想にも迷惑をかけるのである。



※現在、宇野さんがやっているビジネスは、同人時代のスタッフだった転叫院氏がこう予言していた。


http://web.archive.org/web/20100203003144/http://d.hatena.ne.jp:80/tenkyoin/20090312