ギロチン

F@CK ポストモダン

言論の自由市場なんて実在するの?

田中秀臣氏が、ネトウヨyoutberのKAZUYAのツイッターyoutubeの凍結を歓迎する雰囲気と、杉田水脈叩きの風潮に懸念を示している。

「LGBTに生産性なし」杉田水脈の言論の機会まで奪ってどうする
https://ironna.jp/article/10283

田中氏の懸念もわかるが、しかし、KAZUYAと杉田の言動が、果たして言論といえるほどのものなのだろうか? KAZUYAも杉田も、愚にもつかない憎悪の扇動が目的であって、別にまともな議論を喚起したいわけではない。それこそ、2ちゃん(5ちゃんねる)が「便所の落書き」と例えられる程度のものでしかないだろう。田中氏自身もツイッターエゴサーチして、自分への侮辱的な発言や、気に食わない意見に対してブロックしているんだから、まともじゃない言動を遮断する権利と正当性はあるのである。そうでなくても、杉田の一連のセクマイに対する発言は、侮辱目的であるのは明白だろう。


また、ミルを引いて「世論の賢慮」による言論の自由市場によって、ヘイトスピーチを制御するべきだとも言っている。しかし、日本にはそうした自由市場を保障する、伝統もなければ社会的基盤もない。だいたいからして、ヨーロッパもアメリカも、ヘイトスピーチに対する対処は日本以上に厳しい。だからといって、言論の自由が規制されて、政府による圧制が敷かれている不都合な状況下にあるわけでもない。むしろ、日本以上に、言論と世論それに直接的なアクションが結びついて上手く機能しているように見える。


在特会初期の頃にも、インテリは「リベラルはネトウヨに耳を傾けるべきだ」と言っていた。だが、ネトウヨ言論の自由を与えた結果どうなったかは言うまでもない。インテリ諸氏が、ネトウヨに対抗する何らかの理論を編み出してくれたならいいけど、それもしないで一方的に左派が悪いとジャッジしてきただけである。日本のインテリは、長いものには巻かれろ的に、ネトウヨを追認してきただけだ。


しかし、杉田のゲスい発言が、政権与党によって公然と見過ごされているんだから、日本にはポリコレ的な息苦しさなんてないよね。柴田英里とかも、欧米によくいる逆張りポリコレアンチキャラのワナビーを演じているスノッブにしか見えないんだよね。だけど、柴田(&ゆかいな仲間たち)は、リベラルに抑圧されるマイノリティーを演じているマジョリティー側なだけのイージーな連中なのである。


まあ、言論の自由市場(コレ自体実在しないものだが)に任せていたら、在日コリアンLGBTはより差別されることになる。それで得をするのは、ネトウヨや、田中氏や柴田英里、青識亜論、某オタク弁護士等の内面に存在する“自由の美学”だけであろう。しかし、そこまでして、その空虚な言論の自由を守る価値はあるのだろうか? そこまで考えなくても、在日コリアンLGBTが差別される自由は、自動的に政治的言論や表現が抑圧される社会になりそうなことは、普通だったら分かると思う。けど、田中氏や、青識と柴田以下ゆかいな仲間たちは、反リベラルという、党派的な行動に雁字搦めになっているから、分かっていてもそこは沈黙せざるをえないのである。


千葉雅也の杉田の炎上を利用した、ここぞとばかりの最近のLGBTブーム批判にしても、日本のインテリは思考のセンスが悪いし頼りない。また、こいつらのコピーみたいな批評文学系のスノッブも多いけど、全員まとめて滅びれさればいいと思う。