もはや何のためにやるのか誰も分からない東京オリンピック

ここ数日の炎天下により、ネットでは東京オリンピックに対する疑念の声が高まっている感じがする。


しかし、始めからして“一体何のために東京でオリンピックをやるのか”誰も分かっていなかっただろうと思う。石原慎太郎に聞いても、おそらく「オレはは担ぎ出されただけだ」としらを切るだろうし、その担ぎ出した本人たちの動機すら曖昧であろう。プロジェクトに参加する土建屋や関連企業からしても、オリンピックがそれほど旨味のある話だったのであろうか。震災以後は、オリンピックに復興という名目が加わったわけだが、ならわざわざ東京でやる必然性がますますわからなくなる。東北開催の競技があるにせよ、そこには「東北でもやらしてやる」という嫌らしさがつきまとう。


そもそも、オリンピック以外の国際的スポーツイベントにしても、その理念と意義は失われつつある。国威発揚としても、人類の平和と安定を願う祭典としても、もはや世界中の誰もそれを信じていない。まあ、北京オリンピックまでは、たしかにそれがあったかもしれない。しかし、ロンドンオリンピックの時点で既にそれは怪しいものになりつつあり、ブラジルワールドカップとリオオリンピック以後のブラジルは混迷している。ロシアワールドカップは西側諸国の黄昏と、新たな混乱の時代の到来を予期させるものとして終わった。


だから、斜陽の日本でわざわざオリンピックをやる必要性が、ますますわからなくなるんだよね。オリンピックでメイク・ジャパン・グレイト・アゲインにしたって、そんな事は言っている本人すらも信じていないことは、誰もが察しているだろうって。川上量生がオリンピック・プロジェクト委員から手を引いたらしいけど、川上みたいなバカをブレインに据えていた時点で、このプロジェクトがキワモノだらけの胡散臭い山師で占められていることが分かる。


まあ、ぶっちゃけ首都直下大地震がきて全てがおじゃんになってしまえばいいと思うよ。オリンピック当日に台風が直撃して、スタジアムや競技会場が強風で崩れて水浸しになるとかね。完成を急ぐあまり、構造計算や耐震性を捏造していたとしてもおかしくない。それで、オリンピック村が崩落して多数の犠牲者が出たりしたら、報復に他国から攻撃されたとしてもおかしくはない、敗戦レベルの国辱となるだろう。