ヴァーチャル・ユーチューバーなんて3年ももたないだろう

サブカル批評界隈ではvtuberが熱いようだけど、でもあんなのボカロ・ブーム以上に一瞬で過ぎ去るものでしかないだろう。“ヴァーチャル”とはいっても、所詮アバターに生身の人間が声を当てているだけである。AIによって構築されたキャラクターが、自律的にコミュニケーションを行うのなら大したものかもしれないが、所詮はユーチューバーが仮面を付けてトークしているだけの、枯れた技術の水平思考的なアナクロニズムであって、そこに新しいものは何も存在しない。やっていることも、キャバクラトーク未満の疲れた中年オタク男性に癒しを与える程度のものであり、路地裏や場末のスナックが、そのままyoutubeに移っただけのものでしかないだろ。まあ、それがオンライン上に移動して巨大なブームを形成しているという事実に、何らかの社会批評的な意義を見いだせる可能性はあると思うが。


しかし、こんなものにアート系の学生やサブカルが大量に釣られているんだから、サブカル批評なんてちょろいもんである。その釣られている連中にしたって、一体そのうちの何割が本気なんだろうか。どうせ、流行っているっぽいから注目しているだけの「シラケつつ乗る」的な、尻軽な広告代理店的なメンタリティーで接しているだけなんだろう。他にも注目するべき現象はいくらでもあると思うんだけど、それらをスルーしてvtuberに目が行ってしまう、サブカルスノッブのセンスの無さと頭の悪さには愕然とする。東京オリンピックが始まる頃には、きっと何もかも忘れ去られている。


あ、でもサブカル批評には、オリンピック開会式パフォーマンスにおけるクールジャパンと日本的想像力の可能性、みたいな国家のイデオロギーを理論化する使命が残っているんだっけ。こっちは、FUCK COOL-JAPAN, NUKE THE JAPS と思いながら毎日を生きているんで、考えるのも忌々しいんだけど、現状のオタク的な批評や思想が、震災以後のオカルト化する日本と接続した所でそれをイデオロギー的に正当化するネオ国体思想化しているのは悲しいと思う。いろんなところに、オタクがでしゃばり過ぎなんだよほんと。