ギロチン

F@CK ポストモダン

理念やイデオロギーが欠けた”現実”など存在しない

以下の宇野常寛さんの認識は相当ナイーブだ。この世界に理念やイデオロギーの欠いた現実など存在しない。


newspicks.com

「左右のイデオロギーをヒーリング的に消費している心の弱い人が多すぎて、現実的な議論にそもそもなっていない。」「石破茂山尾志桜里の論争には、僕は意味があると思っています。あれは「ぶっちゃけ、これからどうするんだ?」という具体的な議論ですからね。「実際に朝鮮半島で何かが起きた場合、この先のPKOに対してどういう枠組みが妥当なんだろう」といった技術論を彼らは議論しているわけで、これには非常に意味がある。」


しかし、今起こっていのは純然たる右翼と中道寄りも含めた左派との政治闘争であって、別に自分探しごっこではない。


そこで、宇野さんが何故「自分探し」と貶めているのかといえば、そう相手を矮小化するこで、自分と読者の心理的な予防線を張っているのである。政治とイデオロギーの問題を、全て自意識とアイデンティティ・ポリティクスに帰そうとする傾向は、ポストモダンサブカル評論に有りがちなことではあるが。


宇野さんが掲げている市場と情報を介した「新しい政治」も、結局は新自由主義という”イデオロギー”でしかないわけだが、その第三極もフランスの暴動を見れば雲行きが怪しい感じである。


新自由主義も、中国や新興国の経済成長によってまわっていたに過ぎないのだが、それも鈍れば世界中が極右の過激化と左派の社会民主主義回帰が加速するだけである。その時に幾ら新自由主義的な言論を処方箋として提示しても、なんら新鮮味もないであろう。


だいたい、左右の問題にしたって、反安倍的なネトウヨや職業右翼、改憲派左翼や中道保守寄り左派も運動内部に大勢いるわけで、内実はかなり複雑である。それを無視して「右!左!自分探しがイデオロギー回帰している!!」と単純に二極化しているのは、それこそ相手を見下せるよう、意図的に歪曲しているような匂いをプンプンと感じる。


あと、PLANETS10にせよ、安倍さんが半ば独裁的な手法で強引に物事を進めまくっているから問題なのであって、「安倍が一切出ない戦争特集」といっても、ただクリティカルなことから逃げようとしているチキンにしか思えない。


なので宇野さんが提唱する「イデオロギーの枠組みから離れた現実」というリアリズム認知も、原発事故に絡む様々な因果や社会的要因を遮断して、些末なディテールの違いや部分だけを論って、原発は安全だと絶叫しているキクマコ先生に近いものがある。


だいたい、どうみたって暴走するネトウヨとアレ政権の問題を、たかが弱小勢力の左派と同列に並べたてている時点で、性根が卑しいよね。まあ、宇野さんの薄っぺらい理想自体が、ネトウヨや安倍政権的なものに寄り添っておけばとりあえず安泰ってもんでしかないから、やはりPLANETSは、公明党創価学会的なネトウヨの衛星勢力みたいなもんだ。