ギロチン

F@CK ポストモダン

まるでキリシタンを弾圧した日本みたいだ

中国のウイグル人弾圧がエグい。まるで、キリシタンを弾圧した日本みたいである。ちなみに、徳川幕府キリシタン弾圧をきっかけに監視社会化と身分統制を深めていったところも含めて昨今の中国社会の動向と似ている。

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ところで話は変わるが、日本の自称リバタリアンネオリベは、なんで中国を理想郷だと崇めないのか不思議に思っている。


AIを活用した徹底的な犯罪抑止と安全、そして自由な市場競争が息づいている社会である。しかし、右でも左でもない自称中立自由主義リバタリアンネオリベから中国を支持する声はなかなか出ない。せいぜいKadokawa川上量生さんぐらいなものか。


まあ、それもそのはずである。リバタリアンネオリベの自由とは、他者を憐れむ心(宗教の自由)や、公正や正義を求める自由(思想と言論の自由)といった良心の自由を封じ込めて、道徳・倫理、宗教性を排した世俗主義的な価値観に一元化することで、人間を欲望的主体になる以外は一切考えられないように飼いならしていく思想だからである。


しかしそれは「究極の自由」を掲げるリバタリアンネオリベにとって都合が悪いので、言葉巧みに覆い隠すのである。


かいつまんで言うと、グローバルな自由市場競争が極限化すれば、やがて人類社会から政治や宗教といった人間を争いに巻き込んで分断する要因が消滅して、人類は自意識すら消滅して高度消費社会に適応した主体に進化するという教義がその中核にある。だから結局は、反転したマルクス主義でしかない。


なのでリバタリアンネオリベの論客やインフルエンサーに、意識の高いかつかつした人が多いのも無理はない。界隈は左派糾弾が好きだけど、少しでもリバタリアニズムを批判すると片っ端から反動主義者認定していく、彼らの方がむしろ教条主義的である。しかも、今どきのリバタリアンネオリベ系って自己啓発的なスピリチュアルも入っているから、ヤバさ1万倍増しって感じがする。


だけど、グローバリズムと自由市場は、高度消費社会による人類の自意識からの解放と人類の同質化どころか、逆にファシズムの復活と左派の社会民主主義回帰を促しただけにみえる。


グローバリズムによって排外的なナショナリズムは逆に強化されているし、小さな政府は民間の役割を広げるどころか、むしろ政治と行政の権限を集中させる。リバタリアンネオリベが蔓延るほど、中国のような社会の欠けた自由市場+超管理主義国家へと接近するだろう。


※この市民ポイント制度なども、リバタリアンネオリベ界隈で議論されまくっていたアーキテクチャ論とかゲーミフィケーション、一般意志2.0を思い起こさせる。↓
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