ジャップは無意識にいじめの加害者をかばう

ジャップは、いじめの加害者を脊髄反射的に庇う。これは自然の摂理である。例えば、昔、滋賀のいじめ自殺事件がネットで大炎上した時に、加害者への嫌がらせに対してシロクマ先生が「赦してやるべき」と発言していたのを記憶している。もちろん、シロクマ先生が嫌がらせ目的のイタズラをいさめた行為自体は正しい。だが「赦す」という単語を使ったことが、妙に引っかかった。


実際、スクールカーストや加害者を守る日本的地域共同体の話を持ち出して、いじめの犠牲者が、泣き寝入りの構造に陥るのは仕方のないことだ、といったようなニュアンスを振りまいていた感じがした。まあ、(自分を含めた)ジャップ人の本質に宿る、脊髄反射的に強者の顔を伺うジャップ仕草が、無意識のうちに出てしまったのであろう。


しかし、こういうフーコー的な微視権力によって、徹底的に飼いならされた民族集団も珍しい。ジャップ人はいじめの被害者をみんなで袋たたきにすることによって、集団の結束を維持する忌々しい種族なのである。ジャップ的社会性の特質とは、相互監視的な恐怖心を植え付けることによって個々の連帯を分断させ、個々の内面を、支配層や集団体制に恭順するよう支配することであろう。それは、ジャップ人に生まれた以上、永遠に逃れられることはできない。こうして、過労自殺や、いじめ自殺、教師による体罰虐待殺人などに見られるように、ジャップ社会体制は、ある種の虐殺機関と化するのである。


だから、ジャップは永遠にジャップのままであり、このような悲劇がこれからも繰り返されていくのであろう。これを終わらせるためには、ジャップという存在そのものを、この地球上から消し去る他ない。ジャップという文明、文化、そして民族全てを、ペンペン草も生えないほど徹底的に破壊するべきなのである。ベネディクト・アンダーソンによると、近代的な民族とは想像の共同体であり、究極的に言えば我々がジャップ人としてカテゴライズされることに根拠はないのである。


そう考えれば、ジャップ人がジャップから離脱して、外側に新たな民族集団を創造することは可能なのだ。歴史的に見ても、プロテスタントカトリックから分離したように、またアメリカやオーストラリアがイギリスから離脱して、別のエスニシティを形成したように、ジャップ人が自分たちの手で、新規に民族を定義し、新たなエスニシティ集団を結成する自由はある。ジャップ人の海外移住者や、あるいは北米や南米の日系人が「日本」という存在に従属させられている必然性などない。むしろ、この問題だらけで腐りきった「日本」という存在から離脱して、新たな民族定義と概念によって統治された、全く別の集団を立ち上げるべきである。


だからこの時代に必要なのは、徹底的な「日本」の否定と破壊であり、そして解体なのだ。キリスト教ですら、ユダヤ教への憎しみから発生したのであり、遠い未来に「日本」への憎しみから発生した、(人種的な)元ジャップ人による別の民族集団が立ち現れていたとしても、別におかしな話じゃない。だから、我々には、未だに根深く残る部落差別、いじめ自殺や、過労死、教師による体罰虐待死、強姦被害者に対するセカンドレイプ、支配者層の不正が公然とまかり通る、この「日本」という文明システムや民族集団を跡形もなく抹殺・破滅させて、新たに再創造する権利が存在する。これが、私からの「ポジティブ」な提案だ。



※ジャップ人は、こういうことを平然と行う、腐った民族集団なのである。ジャップ人によって酷い目にあわされた、外国人の実習生や、在日韓国朝鮮人被差別部落出身者や、アイヌ人、いじめや過労死寸前で精神を破壊された者たちなどに、ジャップ人をガス室に入れる権利ぐらいは擁護するべきなのだ。いざその時が来たら、私もゾンダーコマンドとして、死体処理などに参加したいと思う。↓
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