そのうちポストモダンを極めれば空中浮遊ができるとか言い出すんだろう。

私が東浩紀氏とゲンロン会員をバカにしたということで、ゲンロン会員の方から熱いコメントを多数頂いた。まあ、悪口を言った私にも落ち度はあるが、先方のコメントもなかなか香ばしいものがある。

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今どき、ここまで時代遅れなポストモダン的認識の人もそういないと思うけど、しかし千葉雅也の件を見ても、未だに素朴なポストモダン的世界観はイデオロギーとして強力なのであろうか。まあ、当の教祖本人すら、今さらここまで極度に相対主義的な態度を取っていないはずなんだけど、目の敵にしているリベラルや、ネトウヨとの差異化を図るために、無知な相手に向けてわざと使い古されたポストモダン的世界観を吹聴している可能性はあるかもしれない。こういうのを見るとオルタナティブを模索するとかいって、結局は構成員の中でしか通じない世界観をエコーチャンバーさせて、ますます閉じたコミュニティを形成しているような感じがする。だけど、外部から見て何をやっているのか分かりにくいコミュニティなんて、所詮はカルトでしかないと思うけどね。まあ、ネットを見渡しても、内向きで頭の悪いことを言っているのは、だいたいポストモダン出身が多いけど、だが少なくない人数が影響を受けて、レイシズムの容認や権力との一体化を扇動しているし、そう考えると東は日本の言論におけるガンであると思わされる。とにかく、信者ビジネスの恐ろしさの一端を見せつけられた気がする。まあ、東浩紀の信者なんて、ブラック企業は自己責任とか、差別されるのは在日にも非があるからとか、平然と言う奴ばかり見かけてきたら、ゲンロンにこういうゴキブリみたいなカス連中が集うのもさもありなんって感じがするけどね。


そういえば、千葉雅也も「複雑にものを考えている人をこうも安易にネトウヨ認定するなんて」とか言っていたけど、でもポストモダニストは別に複雑にものを考えているわけではなく、ポストモダン的なレトリックでもって、自説の都合に合わせるように概念操作しているだけである。ドゥルーズとかが未だに人気なのは、あの独特のレトリックと文体だからであって、ポストモダンは、消費社会的な神秘主義思想に他ならなかったんじゃないのかね。特に日本のポストモダン的なコミュニティは、自分たちが真理を開けているという、ある種の神秘主義体験こそが求められていたんじゃないだろうか。だから、中沢新一とオウムのように、ポストモダンとオカルトは近かったのだし、ネトウヨとも接近していったのである。いやポストモダンじゃなくても、日本で哲学やっている連中なんて、クズとカスしかいないっぽいけどね。