ギロチン

腐れポモウヨをぶっ潰す👊

この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO(リメイク版)

ラスト編まで進めた辺りで一旦放置して、そこから一気にクリアしました。


う~ん、正直こちらが期待していたほどのものではなかった。ネタ自体も、オリジナル版が発売されてから今日まで、散々引用されまくって見慣れたものだし、そこで改めて新鮮味のようなものは感じなかった。女性キャラに対する扱いも、ここ2~3年で激変した、現在のフェミニズム意識の水準からしたら、どうしても古臭くて残虐に見えてしまう。あと、やはり、90年代的な自己憐憫やオカルト設定なども、あまり肌に合うものじゃない。ちなみに、J-RPGにおいて、YU-NOの手法をさらに突き詰めたのが、ゼノギアスとペルソナ2罪&罰だよね(他にもありそうだけど)。まあ、この2作を含めて、ある種の悲劇性を駆動させるやり口は好きじゃないから、同じくオカルト的でも、他作品に比べてヒロインが自立的だったり、悲劇性ではなく個々のキャラたちの友情と結びつきに帰結させていく、FF8の方がFF7より好きなんだけど。最後に伏線を回収していくカタルシスも、個人的にはEVER17の方が遥かに上だった。まあ、そこに関しては、EVER17の方が力技で畳み掛ける強引さがあるから、褒めていいのかよくわからないけど。


だから、たしかに大傑作であることは認めるけど、しかし、古典的な超越SFと90年代的な終末オカルティズムの範疇にあるという意味では、そこに限界はあるのかなと思った。だが、ある意味での、00年代オタク文化における、ループ物の原点というだけでなく、異世界物のルーツでもあることを考えると、その先見性には驚愕させられる。東浩紀の「YU-NOは奇跡のゲームである。そして起源のゲームである。」というコメントも、あながち大げさじゃない(それ以前にまで遡れたとしても)。ただし、その崇高さまでは、継承されなかったが。


あと、梅本竜による音楽は文句の付け所がないぐらい素晴らしい。リメイク版では、オリジナルとアレンジが選択できるんだけど、当時のFM音源だけで構成されたオリジナルでも、電子音楽として十分に完成されている。そして、メランコリーな陶酔感も、タンジェリン・ドリームボーズ・オブ・カナダなんかよりも上であると思う。むしろ、シナリオ以上に梅本の音楽の方が、時代を超越する(しかも当時の限られた機材で作曲していたとは思えないほどに!)と、評するのは言い過ぎだろうか。なので、自分にとってのYU-NOは、菅野ひろゆきというより梅本竜といった感じです、ハイ。