リアルナンパアカデミーと宮台真司以後の人文思想

リアルナンパアカデミーの塾長が逮捕されたらしい。まあ、塾生が次々と捕まっていたので、時間の問題であったのだろう。

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しかし、こうした「男はチャラくなければならない」という思想は、おそらく95年以後に出てきたものである気がする。例えば、90年代の宮台真司は、勉強しか知らない受験エリートに不良の知恵を伝授することで、大人の階梯へと導く役割を演じていたと思う。社会的地位や知性ではなく、女と1000人セックスした方が男の価値が上がるとかそんな時代である。


90年代宮台真司の総括は保留しておくが、しかし、宮台思想を拗らせた結果、スーパーフリーの和田サンや、リアルナンパアカデミーみたいな、高学歴系の強姦サークルが発生したり、非モテ非コミュみたいな、アイデンティティ身分闘争を招いてしまったのではないかと思う。またシロクマ先生的な脱オタクノイローゼや千葉雅也なんかも、宮台真司の系譜にあるといえる。


動ポモ以後は、オタク批評が強化されていったので、宮台的な文化系不良路線は後退したと思うけど、その余波は悪い形で隅々に影響したと思う。宇野常寛的な大学サークル主義って、ほぼ宮台のエピゴーネンと言い切れるし、コミュニケーション格差みたいな擬似問題がでっち上げられて、多くの人の精神を蝕んだことはたしかなはずだ。しかし、こういう言論に近づけば近づくほど恋愛から遠ざかり、精神を病んでいくんだから碌なものではない。どっちにせよ、コミュ障の治療のための言説にはならない。


更科修一郎による「零落したマチズモ」という名言があるが、家でシコるしかないキモオタと、脱オタガリ勉してレイプサークルに走るのとは、どちらがそれに該当するんだろうかね。でも、シロクマ先生や宇野常寛にせよ、外面はフェミっぽいけど、実際は男性中心主義的なホモソーシャリストだよね。その(宮台を経由した)ホモソーシャリスティックな磁場って、人文評論界隈ではかなり強く、イジメていい奴と媚びるべき対象を選別する、ゼロ年代思想的なステルス忖度主義もそういう体質の一部であると思う。また、柴田英里や高崎線某駅名の某さんのような、エロに寛容なヲタ女的なキャラ付けにも影響している気がする。まあ、どっちにせよ、常に群れていないと何も出来ない輩のことである。


しかし、metoo以後、あらゆるセックスファンタジーは、社会における女性性を搾取することで成り立っているんじゃないかという原罪を、男性の側に抱かせるには十分なインパクトがあったんじゃないかと感じる。少なくとも、女千人斬り的な、95年以後のチャラ男思想も過去の遺物であろう。だから宮台思想の限界は、援交女子高生がメンヘラ化したことにあったのではなく、既に当時からミソジニー的なマチズモの域を出ない保守性にあったということである。だが、思想や評論って、未だにホモソーシャリズムが強い場である感じがするし、宮台の影響もまだ尾を引いているように見えるが。