小林よしのりという不良債権を処理できないサブカル論壇


山尾志桜里さんが小林よしのりに取り込まれて、改憲議論をリードするかしないで炎上しているけど、しかし未だに小林が生きながらえているのも、戦争論以降を批判しながらもそれを否定できなかった後続の世代やフォロワーの責任も大きいんじゃないかと思う。


立憲民主党をディスりながら早速小林とトークショーをやった宇野常寛もそうだけど、サブカル論壇では未だ小林に仕事を回していたりする。でもそういうクリティカルな衝突は回避する、ぬるい論壇プロレス的な取っ組み合いをまだ続けているのもどうなんだろうか。


そうでなくとも、大衆と政治の総ネトウヨ化の道を切り開いた第一級の戦犯である。小林よしのり的なものを適切に批判して葬り去らなければ、90年代〜00年代のサブカル言論的な負の遺産を乗り越えることはできないだろう。だけど小林がAKBに嵌っていると聞けば、ミーハーに接近するのがゼロ年代批評界隈の連中なのである。


まあサブカル論壇やゼロ年代批評といった連中が、小林との全面的な衝突を避けているのも、単にビジネスや敵に回すと恐ろしいからだけでなく、その思想・批評的な精神性をかなり継承しているからだとも思う。宇野や濱野智史はゴー宣チルドレンと言い切ってもいいし、ツイッター冷笑系クラスタにも影響が及んでいるはずである。


しかし改憲論の裏にあるのって、「軍事的に自立すれば日本人としての誇りを取り戻せる」 的なアメリカコンプレックスなんだけど、そこで 「現実的な」 提案さえ持ち出せれば、ファナティックな宗教右翼を説き伏せれると思っている辺りに、界隈の見積もりの甘さが露呈しちゃっているんだけどね。所詮アメリカコンプレックスというイデオロギーに裏打ちされた理論でしかないから、しょうがないと言っちゃしょうがないんだけど。


だけど、未だにアメリカコンプレックス的なものがくすぶっているのは流石にどうなんだろうか。まずアメリカを相対化するところから、現実を再認識していくべきだと思うんだけど。でなきゃアメリカ的な物への反動としてのクールジャパンやガラパゴス的状況から、いつまでも抜け出せずに先細りしていくだけのような気がする。