オルタナ右翼化する、日本の中道リベラル


しかし、レフトフォビアの日本の中道リベラルってほんと欧米のオルタナ右翼と似ているんだよね。例えば政治的な行き詰まりを全て左翼のせいにすることで、己の言論を際立たせるやり方って、欧米のオルタナ右翼や反イスラム主義者の手法そのものである。


だけどオルタナ右翼自体がギークやゲイ、黒人などの人種マイノリティーを取り込むことで、既存の保守やネオナチと一線を画す戦略を取ったことを考えれば、リベラル内部のリベラルカウンターでしかない日本のサブカル評論やポストモダンが似てしまうのも無理ないのかもしれない。


でも左派的なイデオロギーから自由になった代わりに、今度はネット内外に蔓延している左派嫌悪の知的風土病と、プチネトウヨ的なポピュリズムに迎合しなければならなくなったんじゃないんかね。


左翼的なものを叩けば簡単に知的承認欲求を満たせる文系ツイッター論壇なんて、dadaや借金玉のエピゴーネンみたいなのが掃いて捨てるほどいるし、三浦瑠麗や萱野稔人のようなお気楽なビジネスが成立してしまうのである。


いや中道自体が世界的にネオリベ化している気配があるけど、特に日本の中道リベラルは景気さえよくなればレイシズムが消えると思ってそうなぐらい頭が悪い感じだしね。けどオーストラリアやドイツですら年々レイシズムが酷くなっているのに、それを全部リベラルのせいにして石を投げつける中道リベラル論客なんて日本しかいないんじゃないの。


でも経済やサブカル以外の基本的な倫理観や人権感覚と認識が、アマチュア含むインテリ言論人の中でこれだけ欠如していて許されるのは、たぶん日本のサブカル/政治論壇だけなんじゃないかな。ほんと日本における中道リベラルの論理って、左翼批判でネトウヨ的なムードに忖度するネトウヨを周回する衛星並って感じ。その伝染病が文系理系を問わずこの国のサブカル知識人に蔓延している状況ってかなり危険だと思うんだけど。


そういや青識亜論との姉妹キャラコンビを騙っている若いインテリの自称フェミニストの中道リベラルみたいなのが、女性の地位向上を呼びかけているフェミニストを過激派よばわりして「そんなに国家を憎むぐらいならさっさと男と結婚した方がよいですよ〜」とか男性優位に媚をうるようなフェミニストなんて聞いて呆れるし、あと進化論を教えているから日本の教育はアメリカより優れているとかふざけたことをぬかしていたりもした。


しかしそうやって驕り高ぶっているうちに、日本の男女平等指数は世界から遅れをとり、進化論は教えるけど地毛を無理やり黒髪に染めさせるようなサベージで近代以下の国なのである。もちろんその人個人の資質のせいだけにはできないし、上の世代や先輩たちのバカっぽさが感染した結果なんだろうけど。


例えば宇野常寛からして立憲民主党の躍進をこう揶揄していたけど、宇野もブログに不正なコードをしかけたイケダハヤトみたいな山師や、家入一真のインターネッ党を応援しちゃう程度の見識しかないんだよね。


だけどそういう脇の甘さは佐々木俊尚や、アンチ左派のリフレ派みたいな連中にもみられるし、全体的な日本の中道リベラルの薄っぺらさを体現しているのではないかという気がする。そしてその軽さは、欧米のオルタナ右翼セレブリティの雰囲気と被るように見える。


まあ、LGBTや民族マイノリティに女性の地位向上とか、身近なところでも労働や学校の体質改善とかにも全然興味がなさそうだし、サブカルチャーにせよ政治的な部分にまで手が届かなくてもカッティングエッジなものを希求する意欲もなく、ただ周囲とのコミュニケーションに歩調を合わせることや、内輪でしか通じない日本のサブカル的ぬるま湯に浸かることにしか関心が向かないようである。


つまりサブカル批評の理想郷って(サブカル批評業界内の歴史的転換点である)1995年以前の、90〜94年ぐらいのバブルは弾けたけどまだテレビもゲームも面白いし、何となくフワフワとしていてモラトリアム感があった時代なんじゃないだろうか。けどその頃から過労死は頻発していたし、遅刻したぐらいで高校生が校門で教師に殺害されるような近代未満の残虐な国家だったのである。そしてサブカルすらも、日本スゴイ!とか言っているうちに、韓国や中国の方が凄くなった。


それでもそのフワフワしたモラトリアム感を呼び戻すために、AKBやリフレみたいなのをエンパワーメントしようとするんだからどうしようもない。それ自体がブラック帝国ニッポンを補佐することでしかないんだけど、地毛を黒髪に無理やり染めさせることよりも、コンビニのエロ本を不当にゾーニングすることに抵抗する方が、彼ら彼女らにとっての社会正義なんだろうね。まあ、はた迷惑な志の低い意識高い系といったところなのである。