ギロチン

腐れポモウヨをぶっ潰す👊

クドカンについて

正直言うと、クドカンのことはあまり好きではない。悪い意味での00年代オフビート的な、冷笑サブカルクソ野郎というイメージがまとわり付いたまま、あまちゃんもいだてんも見ていないという食わず嫌いのまま来てしまった。あと、決定的なのは、宇野常寛さんの底意地の悪い評論とのイマージュが結びついてしまっていることも大きい。

だから、まともに見たクドカン作品は、「木更津キャッツアイ」「真夜中の弥次さん喜多さん」「ゼブラーマン」「少年メリケンサック」という惨憺たる有様なんだけど、クドカンが妙にアンティファ系やアメコミ/ネトフリ系の洋画ファンにウケが良いのが気になるのである。

そこで考えられるのは、クドカンって出自的に、アイドルだけではなく、80年代ハードコアやパンクロック好きでもあり、当然、スターリンじゃがたらとかあぶらだこのような、日本的なDIYパンク魂も通過していると思うのである。

ツイッターであるアンティファが、「クドカンあまちゃんで冷笑を卒業した」見たいなことを言ってたんだけど、もしかしたら、震災~安倍政権を経て、本人の内なるパンク的な反逆性が(大衆にそれと気づかない形で)発動したのかもしれない。それが、いだてんのポリティカルな面での評価に繋がっているのかなって思う。詳しいことは、アルファ・ツイッタラーのcdb(@C4Dbeginner)さんのツイートを追ってくれればわかると思う。

まあ、その秘められた政治性のせいで、いだてんが視聴率の面で苦戦しているのかもしれないけど、でも、大衆にそれと気づかないようにしているとは言え、クドカンが政治的な "resist" をしかもNHKという公器をハッキングしてやっているのだとしたら、それはとても凄いことなんじゃないかと思う。

そういえば、たしかに、宇野常寛さんの「少年メリケンサック」評とは180度違って、あれは明らかに中年パンクロッカー讃歌だった。そういう意味で、クドカンってやっぱり腐ってもパンク魂の持ち主なのかもしれない。

そのせいで、いだてんが一部で評価されているのと裏腹に、そこと大衆的な断絶があるのかもしれないけど、でもそんなことはどうでもいいのかもれない。見てないけど、昨日やっていたNHKスペシャルが、高度成長期の日本に中指を突き立てる内容だったらしい。NHKをぶっ壊す!とかいうアホタレ政党があるらしいけど、しかし、日本でカッティング・エッジなプログラムを放送できるのは、もはやNHKしかないのもたしかだ。

だから、機会があればクドカンラソンをやってみようかなって思う。

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ジョーカー見ました

ダークナイトにおけるジョーカーが、(日本のサブカル)インテリの自我と安いナルシシズムを安心して慰撫してくれる完全無欠の悪であったとしたならば、今回のジョーカーは悪の惨めさとショボさを、冒頭からラストまで容赦なしにまざまざと畳み掛けてくる。だが、悪という存在は、限りなく凡庸されど凡庸だからこそ恐ろしいのであり、そのリアリスティックな恐怖感と絶望を抉ることに成功しているのではないかと思う。それと比較すれば、ダークナイトにおけるジョーカーとは、所詮、悪を都合よく言い訳してくれるものでしかないのだ。

正直に見て思ったことをいえば、本作は70年代を舞台にしているらしいけど、作中におけるデモや暴動シーンは、当時の新左翼やパンクのイメージというよりか、オキュパイ運動やイエローベストのような、現代的な過激派リベラル&ネトウヨ暴動っぽいイメージだったところが、微妙かなと思った。作中の暴動とジョーカーの繋がりが、意外とあっさりとしているのが少し消化不良だったと思うし。

けど、聞くところによれば、この手の映画としては日本でもお客が結構入っているらしい。みんな顔には出さないけど、この極東で、従順な家畜的な生を生きる人間たちにも、潜在的な不満と悪意が積もり積もっている、ということなのかもしれない。それなら、韓国やNHKを狙うんじゃなくて、もっと本質的な"悪の存在”を狙えよと思うけど、何なら今度のハロウィーンでモノホンの暴動を全国の繁華街で起こしてやろうじゃんと思ってみなくもない。私はもうおっさんなので、そんなエネルギーはないけど、ハロウィーンとかいう、日本人にとっては騒ぐための口実でしかないネタで、イキり通したい若者たちが自由に暴れ回ってほしいとおっさんは思っている。

だから、陰湿で悲惨なジョーカーみたいになるんじゃなくて、もっと陽気で未来に希望を抱けるカオスを求めるべきなのである。

グローバル資本主義は個人を解放しない


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西欧的な市場を通じた自由と平等と自主独立の思想に代わって、中国的な強制収容所とセットにしたテクノロジーによる封建的管理社会が目前に迫ってきているようである。

ぶっちゃけ、ネット論壇でアーキテクチャ論が流行っていた頃から嫌な予感がしていた。現実は伊藤計劃的なそれと気づかないソフトな管理社会ではなく、片手に棍棒、そして監視カメラと端末により、権力が一方的に個々の生を細かく管理する、80年代サイバーパンク的なディストピアが到来しつつあるのだ。

まあ、加速主義などに代表されるよう、一部の欧米人も自由な個人に疲れ果てて、中国式の強権的技術管理主義に身を委ねたがっているようである。西欧世界が没落していけば、中国式の人民統治術が世界中に拡散していくことになるだろう。

グローバル資本主義は、個人のさらなる解放と自由を約束しなかった。逆にテクノロジーの囲いの中で、人間の生をきめ細かく制限して管理する透明な監獄へと行き着いたのである。

しかし、政治的自主性を嫌っている日本のインテリは、もしかしたら密かに中国式のディストピアに憧れているのかもしれない。例えば、フェミニストヴィーガン、環境問題を冷笑しているインテリ連中ほど、差別主義的な伝統回帰と、資本主義を通したテクノロジー監視技術に管理されたがっているフシがあるからね。

何が言いたいかといえば、柴田英里さんや千葉雅也さんのような、ポストモダン的な反動主義者たちが、21世紀的なヴィーガニズムや環境運動、フェミニズムに反発すればするほど、彼らは伝統的な差別主義や、テクノロジー管理主義に回収されざるを得なくなるだろうということである。

だから、ポストモダン的な価値相対主義は既に思想として賞味期限切れなのである。これから再び、実存思想や人間的な主体論に回帰していくのではないかと思う。

たぶん日本も中国を笑っていられない

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サウスパークの最新エピソードがもとで、中国国内でシリーズがバンされたらしい。内容はランディがマリファナビジネスを広めようと中国に渡航して逮捕され、刑務所内で強制労働と、中国共産党式の再教育を受けるというものであるようだ。

しかし、おそらく日本も笑っていられないであろう。例えば、捕鯨、過労死、慰安婦ネタと天皇を組み合わせればネトウヨが騒ぎ出し、それに便乗して政府が配信元に圧力をかけるであろう。日本の現地法人は、それにあっさり屈服するはずである。

また過去の、チンポコモンやWhale Whoresのように内輪だけで認識されて忘れ去られる感じではなく、新聞、週刊誌やワイドショーなども参戦して、反日ネタだ!ヤンキー・ゴー・ホーム!と、日本国民のルサンチマン全体主義の一億総発狂状態が、世界に晒されるのではないかと思う。

香港を見れば明らかなように、中国人には、伝統的な血族的結束を主体とした強かな反権力主義が命脈を保っていると思うけど、日本人はお上によく飼いならされた、動物化ならぬ従順な「家畜」的人種であると思うので、状況はより絶望的であろう。サウスパークなんてオタクが見るもんだし、いざ何が起こったとしても、きっと「仕方ないよね~」とヘラヘラ冷笑しているだけなんだと思う。

※こう書いた翌日にさっそくChim↑Pomの作品が東北をバカにしている反日だと炎上しているようだ。まあネトウヨ民の愛国なんて、日本に対する劣情の裏返しでしかないわけだが、こんなゴミ共の総意を日本国民全体の意思として汲み取る必要などないであろう。ぶっちゃけ、Chim↑Pomは冷笑的で好きじゃないけど、こんなネット民の歪んだ劣情に負けるな頑張れ!

※あと余談だけど、某カフェ経営者的に言いえばこのサウスパークのエピソードは、表現の不自由展が日本国民を傷つけたように中国人民を傷つけたんだから駄目で、人民に受け入れられるようなネタでなければならないということなのだろうか? そんな馬鹿な話ではなかろう。まあ、げんろんかふぇなんかに出入りしている連中は全員頭がパーで脳みそに糞が詰まっているゴミだと思うけど。




ただの予断ではないかね?

agora-web.jp
池田ノビーが、関電事件の裏には同和利権があると仰っているけど、でもこの件を早々に同和と結びつけるのは、ただの筋悪な予断じゃないのかね?

それよりも、原発が立てばそれだけで巨大な利権と地域的なしがらみが発生する、原子力行政の構造的問題の方がより深刻であり、同和利権はたぶん本質ではなかろう。むしろ、執拗に同和だけをクローズアップすることで、他の問題点を逸らそうと誘導している感じが見て取れるんだけど、そこはどうなんだろうか?

まあ、佐々木俊尚にせよ、まだ事件の全貌が明らかでないのに、同和の一点のみを酒のつまみにしてコミュニケーション消費している輩たちが、部落差別にまるで無自覚なのって、ほんとインターネット言論の暗部だよね。

それとノビーの「差別発言を糾弾する人々が差別を再生産する」って記事タイトル、いい歳こいてまるで知性を感じさせないネット厨坊丸出し感が滲み出ていてヤバい。

popaikenzo.hatenadiary.jp

改めて問われる小林よしのりと結託したゼロ年代批評界隈の原罪


相変わらず小林よしりん先生がドン引きな内容のヘイト扇動をしているわけだが、しかしこんな奴を過去に持ち上げていた宇野常寛東浩紀といった知識人の罪も問われなければならないだろう。

特に宇野は「AKBおじさん」としてのよしりんを、積極的に利用していた時期がある。そのつてでAKB以外でも様々な仕事をしていたし、東浩紀もゲンロンのイベントでよしりんと度々対談している。

界隈は、よしりんと結託することで、アンチリベラル的にネトウヨと対決できるオルタナティブな塊を作ろうとしていたわけだが、所詮はネトウヨの生みの親でしかなかったわけだ。

しかし、宇野がよしりんとの対談本で、仲睦まじい様子をアピールして、リベラルを半ば嫌がらせっぽく挑発していた事実を消すことはできない。まあ、結果は間接的によしりんのヘイト扇動に手を貸したということになるのだろう。東や、宇野の対談本に参加していた萱野稔人らを含めて、誰も正面きってよしりんを批判していないしね。単にずぶずぶに馴れ合っていただけである。

宇野や東にとってのよしりんとは、付き合うことで「オレはそこらへんのパヨクやリベラルとは違う」と、自分らの信者に向けてアピールするのに都合のいい存在なだけだったのだ。界隈としては、そこでリベラルとの違いを見せつければビジネス的に十分で、ネトウヨが世間に蔓延しようが、在日コリアンが差別されていようが、あとはどうでよかったのだろう。とことん腐った連中である。

紋切り型のポスト・モダン的リベラル批判でしかないよね

www.huffingtonpost.jp
同時期にデビューした論客と比較して、藤田直哉さんは誠実な人であると思うけれど、でも流石にこれはポスト・モダンがよくする、紋切り型のリベラル批判でしかないんじゃないかな?

そもそも、相手は暴力的な手段で展示を中止させようとして、しかも河村たかしや官邸側もそれに乗ったことは明白なんだから、先ず責められるべきは脅迫したネトウヨや権力側であって、津田大介やリベラルではなかろう。

結局、藤田さんの言っていることもリベラルの自己反省論的な、ゼロアカ界隈がネトウヨを前にして怯んでいたのと同じことなんだよね。しかし、それは余計にネトウヨをつけあがらせたことは、いまさら言うまでもない。

非敵対的な「敵」との無条件対話を呼びかけているが、それはとどのつまりインテリや趣味人の自信のなさと卑屈さの裏返しでしかない。彼らが望んでいるような、情緒的でロマンチックな敵との"和解"などありえないだろう。ネトウヨ自体が、他者の尊厳を踏みにじることで快感を覚える野蛮な存在であるのだから、レイプ犯と対話して互いの存在を許し合おうと言っているに等しいのだ。

そうでなくても、藤田さんは、犯罪スレスレの行為をやっていたアンチ・カオスラウンジクラスタを焚きつていていた黒歴史があるからね。カオスラウンジがふたばの二次創作を剽窃して自分たちのビジネスに利用した是非は置くけど、対するアンチ・カオスラ側が起こしていた炎上は明らかに度を越していたからね。

そこで、カオスラとアンチ・カオスラの二項対立を超克する、"第三の審級"をアートで示せる可能性はあったか? おそらくなかっただろう。そして、今回のケースもたぶんない。ひょっとして藤田さんまた豹変して、昔みたいにネトウヨを擁護する側に寝返ったの~? あと、この件をおちょくっている冷笑インテリネトウヨ糞ヤロウと、ヘラヘラ趣味人どもは全員粛清されればいいと思う。